プロローグ

     1,


 ……奇妙な街だった。
 街の中心、人の行き交う大交差点を跨ぐように、昭和の香りをそのまま残した路面電車が行き来する。その路面電車を見下ろす、大通りに面した建物は、コンクリート、あるいはガラス張りの近代建築だ。
 繁華街を離れた住宅街には、日本古来の気風を受け継ぐ武家屋敷のような建物が軒を連ねたかと思えば、数軒先には西洋様式で建てられた異人館が建ち並ぶ。
 街ゆく人々も同じくで、袴姿の女子と、コートを靡かせた老紳士が行き違い、互いに会釈する。
 路地の裏には華僑らしい男が身を潜め、何やらを探して通りに目を光らせている。
 人種も文化も、世界格好様々な風土が入り交う混沌の都市。
 それが、

「東京(あずまのみやこ)ってかい。江戸の町も随分と様変わりしたもんだ」

 大通りの隅で街並みを眺めすかしていた男が、一人。呆れたように呟いた。
 白の鉢金、浅葱色地のダンダラ羽織。腰には刀。
 今世ならば時代錯誤か、あるいは奇異と恐怖の目で見られるような。そんな風体の男。
 けれど、道行く人々は彼に意識を向けない。
 それは無視ではなく、その装束が当然、普通の事であるかのような。

「余計なイザコザ無い分マシ、って話じゃあるけどなァ」

 眼鏡の智(よろい)を、人差し指で押し上げて。
 男は街を……正確には、街に堂々と聳え立つ、"塔"を見上げる。

「天塔……天帝様が住まう天道、ってか?」

 おそらくは。
 この東京(あずまのみやこ)で最も厳重に守られる、"御苑"の中心に悠然と建つあの塔に。この異聞帯の王が住まうのだろう。
 さて、どう攻めるべきか。
 それを想像して、男は溜め息を吐く。

「……戦力が足りねえなあ。せめて、俺の他にも新選組の連中がいりゃあな……ま、高望みってなモンか」



     2,


 電灯とガス灯、そして行灯が入り混じって、闇を照らすある夜のこと。
 東京(あずまのみやこ)の繁華街。その外れにぽつんと佇む、軍・政府関係者が密会する料亭。
 常日頃ならば、そこは華やかなりし東京(あずまのみやこ)の裏の顔。高官達がはかりごとを巡らし、市政を影で左右している。

 けれども今は。
 その高官達は、血溜まりの中に沈んでいる。
 彼らを守るべき兵士達も、血溜まりの中に沈んでいる。
 下手人はただ一人。
 浅葱色地に、白のダンダラ模様の羽織を纏った、剣鬼。
 病的な白い肌、色素が抜けて金色に似た髪は、異人とさえ見紛えて。
 大和撫子のような可憐さと、中性的な凛々しさは、美少年とも見紛える。
 沖田総司。
 汎人類史では、そのように呼ばれた英霊。

「――くはは」

 この剣の英霊の、それこそ抜き身の刃のような、冷えた眼の先。
 平然と、悠然と。
 笑う、少年――そのように見える、ヒトガタの姿がある。
 軍帽に外套、軍服の装いを、夜を切り取ったような黒で固めて。まるで影法師のよう。
 けれども、美しい少年だった。
 艶のある唇を、三日月のように歪めて笑う姿。それだけでも。天賦の才持つ絵師の画のよう。

「流石は新選組よな。夜討ち押し入りは得意のものか」

 刀持つ、殺意持つ英霊を眼の前にして。
 やはり、笑う。
 やはり、美しい――いや、美しすぎて。
 このような修羅場では、異常な――異様な、雰囲気を帯びている。
 まるで、只人ではない――まるで、魔人。

「――うるさいですね」

「見ればわかりますよ。貴方が首魁でしょう。
 空気が同じなんですよ、薩長の……維新の志士の、糸引いてた人たちの」
「くは。流石は抑止の先鋒か、鼻が効くよの。
 幕府の犬とは良く言ったものかの?」

 沖田の眼が、険を深める。
 刺し殺すような、常人であれば居竦まり、気を失うような視線。
 それを直視してなお、魔人は嗤う。

「加藤……殿! そんな事よりも、ご自慢の英霊とやらはどうしたのですかな!?」

 悲鳴混じりの声が、その魔人の背後、隠れるような位置から飛んだ。
 恰幅のいい体型の、軍服の男。
 鬼気迫る様子の総司にか、あるいは繰り広げられた虐殺劇からか。
 腰が抜け、逃げることすら儘ならない様子で、魔人を楯にしようと位置を取る。

「おやおや甘粕殿、あれほど自慢していた超人兵士はどうしたのやら?」
「そ、そんな事を言っている場合か!」

 誂うような声色の魔人が背後の将校に意識をやった瞬間、沖田総司は踏み込んだ。
 神速、音すら越える刺突。
 狙いは頸、一撃にて命脈を断つ。
 魔人といえど、これを躱せるはずもない。
 紅い血の華が咲く。魔人の躰が傾ぎ、血溜まりの中へと沈み――

 沖田総司は、虚空に刀を突き出し呆けている自らを知覚した。

「……な、っ?」
「おう、怖や怖や。当たっておれば、儂とて命は無かったろう。恐ろしき業の冴えよな?」

 花札を手元で弄びながら、魔人が嗤う。
 確かに当てた筈の手応えのあった頸には、しかし傷一つなく。
 その美しき顔は、悪戯が成功した悪童のように嗤う。

「……幻……まやかし……その類いですか」
「理解が早い。化術、と儂は呼んでおるが。
 くはは――世界をも化かす術よ。サーヴァントとはいえ、魔術の見識がなくては見破れまい?」

 嗤い続ける魔人を、沖田の眼が見定める。
 声の響きが空気を揺らし、足遣いが畳床を軋ませる。
 これを頼りに実体を探れるか、それともこの気配すらも幻か――

「くは。よくよく見定めれば、確かにまことを見分けられるやもしれぬなあ?
 だが、だが――」

「そのような時間は、もう与えんでなあ」

 飛び退る事に成功したのは、彼女の持つ心眼の為せる業だったろう。。
 咄嗟の跳躍から体勢を立て直した沖田は、眼前、天井を突き破り落下してきたモノを目の当たりにした。

 纏う装束は日ノ本のもの。
 和製の甲冑と、北方……アイヌの服を組み合わせた、歪な意匠。
 諸手に構えた双刀は、片側は雷を、もう片側は燻る焔を帯びる。
 沖田を睨み据える顔は精悍かつ凛々しく、まさしく益荒男と言っていい――だが、あまりにも。人間味に欠けたその表情は、ヒトから見た魅力を削ぎ落としていた。
 この威圧。またも幻覚か、など――考えるまでもない。
 この圧力が幻など、あるはずもない――!

「よくぞ来た。では命じようセイバー」

「貴様の敵を……この異聞帯を脅かし、『天帝殿』を脅かす者を排除せよ」



     3.


「この街は、星がよく見えないわね」

 空を見つめて、少女はそう呟いた。
 ビルの屋上。瞳に星を持つ、星を視る少女が、天から地へと振り向いて笑う。

「あの塔の中なら、もっとはっきり見えるのかしら?」

 身振り手振り。
 地平線の向こうからでも観測できそうな、天を衝く塔を指差して。
 視線の先、所在なさげに佇んでいる青年に問う。

「……そう言われてもなあ。一般論で言えば、高いところに登った方が星はよく見えるのは確かだね」
「ふむ、ふむ。そう見えるのね。それもまた道理よね」

 少女が頷く。
 悪戯を思いついた童子のように、笑った。

「なら。やっぱりあの塔、登りましょうか」
「……帰結としては、まあそうなるけれど」

 天衣無縫。自然な様子で振る舞う少女。
 それを正面に見ながらも、青年が頭を振る。

「あの塔が建っている、ギョエン……だったかな。あの庭園の警備は、かなり厳しいよ。入り込むのは、バッキンガム宮殿より難しいだろう。
 加えて例の"超人兵士"とやらも……一人二人なら敵ではないけれど、数が出てくるとライダーでも危ないかもしれない」
「だからこそ、でしょう?」
「だからこそ……?」
「年頃の少女としては。隠された秘密を暴き立てたいっていう好奇心は、ちゃんとあるのよ?」

 首を傾げる青年の向こう。手摺に凭れて、少女はくすりと笑う。
 その仕草と言葉の意味を青年は少しの間考えて、

「……それはつまり。厳重な警備があるからこそ、重大な秘密があの塔には隠されている……ということかな」
「言語にすればそうなるかしら」
「確かに……僕らがこの都市に迷い込んだ理由は、今のところさっぱりわからないしなあ。
 あの塔に秘密が……そうでなくても、調査の途中でなにか重要な話が引っ掛かる可能性もゼロじゃない」
「あら、ついて来てくれる気だった?」
「一人で行く気だったのかい!?」
「そういうこともあるでしょう、って」

 平然とした様子の少女に、青年が頭を振って溜め息を吐く。
 腰に提げた騎士剣を、確かめるように握って。青年は言った。

「……騎士家の末裔として、年若い婦女を放って何処かに行ってしまうわけにもいかないからね。
 このトリストラム・ウィリアムスと、そのサーヴァント、ライダー。今は君を守るよ」
「ありがとう、騎士様。私の名前……は、玉李・輝。うん、そう呼んでおいてね」



     4.


「というわけで、だ。この都市は、異聞帯《ロストベルト》と呼ばれる異常な歴史から生まれたものなのだ」

 神楽坂刹那――正確には、彼を器に召喚された疑似サーヴァント、エリファス・レヴィ――は、ベルシュカ・ナイトバールに指を突き付けてそう宣言した。
 その所作はいつも通りに自信に満ちて、自らへの疑問や迷いなど微塵も感じられない。
 だからこそ、ベルシュカはこう言った。

「バカなの?」
「まあ、予備知識がなければそう反応するのは仕方ない。
 君の知識に沿って例えるなら……そうだな。『特異点が人類史を変えて、そのまま数百年と存続してしまった世界』と言ったところか」
「だから、その例えが有り得ないって言ってるでしょう。
 そんなに汎人類史とかけ離れた歴史を歩めば、遠からず剪定される。いや、場合によっては剪定されるまでもなく世界ごと全滅するでしょ?
 数百年と歴史が続くわけないし、私たちが現れるくらい近付くコトも有り得ないわ」
「それを『根付かせ』て、こちらの世界に引き入れているのが空想樹だ。……この異聞帯ではまだ見つかっていないが。
 スカイツリーにでも擬態してないかと思ったんだが、空振りだったな……」
「なんでスカイツリーでこんなコト喋ってるのかわかんなかったけどそういうこと!?
 樹が鉄の塔に擬態するわけないでしょ!?」
「有り得るから困っているのだよな。
 ともあれ……事態は、君のお供も理解しているのではないか?」

 ベルシュカの背後に備えている、霊体化したままのサーヴァントに向けてレヴィが告げる。
 頭越しに会話を投げられたベルシュカは眉根を顰めながらも背後に視線を遣り、

「……そうなの?」
((確かに、『わたし』の知る新宿の気配はここにはない。1998年の新宿を起点に特異点を作った身としては、この都市がそれに似ているとは思えないかな))
((クワッ、クワッ! 概ねバエルと同意見だ! 魔神柱としての経験から言わせて貰うが――ここにはかつてワレラが焼き尽くした人理の息遣いを感じないぞ!))

 従えている二騎のアルターエゴの返答を訊いてから、頭痛に耐えるような素振りで額を抑えた。

「……どうなってるのよ、世界」
「同意するところはなくもないが。だからこそ、私のような抑止の使徒にも出番が回ってくるものだ」

 うんうん、と勝手に頷くレヴィが続けて、

「だからこそ、君の助力が借りられれば助かるんだが。ベルシュカ・ナイトバール」
「……言いたいことはわかるけど」

「私、どちらかと言えば人理の敵だと思うんだけど。決戦術式としての英霊召喚にも拒否されてるし」

 ベルシュカ・ナイトバールがかつて行った、新宿幻霊事件の再演。
 自らの目的のために特異点を作り、魔神柱のアルターエゴを産み出した。
 それはまさしく人理を脅かす行為であり、たとえ円満に解決したとしても、その首謀者たる魔神柱の血族に人理の守護者が手を貸すことはない。

「そのあたりは私は気にしないから、君の方で折り合いを付けてくれ」

 ……ではあるが、エリファス・レヴィからすればどうでもいいことだった。

「いや、実際助っ人を選り好みしている場合でもないんだ。異聞帯を放置すれば、最悪世界そのものが乗っ取られる。
 特に今回は二つの並行世界に跨った事件のようだから、手早く片付けたいんだよ」
「そんなあっけらかんと……というか、並行世界に跨った事件、っていうのも初耳なんだけれど」
「気にするな、そこは重要じゃない。他所で進行している、大きな事態に便乗した、というところだろう。
 問題は、この異聞帯を解決することだ」
「ホントに……?」

 疑わしげなベルシュカの視線を受け流し、レヴィはスカイツリーの展望台から、"それ"を見上げる。
 ……そう、見上げている。
 正しい人類史ならば、東京にこのスカイツリーよりも高い建造物が存在しているわけはない。
 けれど――この東京(あずまのみやこ)には、それは確かに存在している。
 天塔。『天帝』の住まう、この世全てを見下ろして、見渡せる、社であるらしい。
 地上に降りた太陽、天道の顕現、であるらしい。

「……件の天帝とやらが、この異聞帯の王であり。異聞帯を世界に招いたマスターも、おそらくはその傍にいるのだろう。
 そして、空想樹の在り処はそのマスターが握っている」
「空想樹を探すために敵マスターを探して、そのために天帝とやらに近づくの?
 すごい回り道の気がするけど」
「どのみち、自らの世界の滅びを看過する王もいるまい。激突は確定事項のようなものだ」
「……ああ、成る程。世界を滅ぼす仕事でもあるのね、これ。それは確かに、私たち向けの仕事だわ」
「小を切り捨て大を生かすという意味では、私の仕事でもある。別に卑下する必要もないぞ」

「それでは、世界を滅ぼしに行こうか」



     0.


「此れ《これ》は地獄か、余の果てか。
 いやさ何方《どちら》でもない、此処《ここ》こそ現世《うつしよ》!

 既に幕は上がった、膜は剥がれた!
 空想は彼方《かなた》より来たり、此方《こなた》を犯せり!

 仮令《たとい》誰ぞの夢想に過ぎねど、此の世が夢現《ゆめうつつ》でないと誰が決めた!
 今こそ虚構は逆転し、世界を食い荒らす!

 さあ、その眼を見開き、とくと見上げよ!
 これぞ帝都――神の都、祷境《トウキョウ》なるぞ!

 未だ神はこの国に在りき、天塔《テントウ》にて地を睥睨する。
 鬼は隠れず、魔は去らず、天に侍り地を這い、闇を跋扈する。

 此処は幽世《かくりよ》の都、現世《うつしよ》と隣り合わせの物語《えそらごと》。
 しかして――虚構が空想が、夢想が迷信が、そして浪漫が此処にある。

 さあ、来るがよい二つの世界の勇士たちよ。
 此れを現世、最後の禊としよう!」


 ――有り得べからざる歴史の異聞。知っているはずの、しかし見知らぬあずまのみやこ。
 希《こいねが》えば「もしも」が顔を出す、空想が現実を食らう地にて、その夢想は最悪の形で花開く。


 Fate/GrandOrder-Cosmos in the Lostbelt-
 神皇君臨帝都物語 祷境 -彼方よりの侵襲



      ――近日募集開始。

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登場泥

セイバー・永倉新八
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%b1%ca%c1%d2%bf%b7%c8%ac
セイバー・沖田総司(原作)
加藤保憲(自称)
https://wikiwiki.jp/fate-trpg/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E4%BF%9D%E6%86%B2%EF%BC%88%E8%87%AA%E7%A7%B0%EF%BC%89
セイバー・ポンヤウンペ
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%dd%a5%f3%a5%e4%a5%a6%a5%f3%a5%da
玉李・輝
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%b6%cc%cd%fb%a1%a6%b5%b1
トリストラム・ウィリアムス
https://wikiwiki.jp/fate-trpg/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B9
エリファス・レヴィ[疑似サーヴァント]
https://seesaawiki.jp/kagemiya/d/%a5%a8%a5%ea%a5%d5%a5%a1%a5%b9%a1%a6%a5%ec%a5%f4%a5%a3%a1%cc%b5%bf%bb%f7%a5%b5%a1%bc%a5%f4%a5%a1%a5%f3%a5%c8%a1%cd%28%bd%d1%29
ベルシュカ・ナイトバール
https://wikiwiki.jp/fate-trpg/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%AB%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AB
アルターエゴ・バエル
https://wikiwiki.jp/fate-trpg/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A8%E3%83%AB
アルターエゴ・フォカロル
https://wikiwiki.jp/fate-trpg/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%AB
  • GM
  • 2019/01/06 (Sun) 03:16:54

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